2008年05月20日

TBS月8ドラマ

TBS系「月曜8時枠」の新ドラマに「あんどーなつ」(7月7日スタート)が決まり、女優の貫地谷しほり(22)、俳優の國村隼(52)がW主演するという記事を読みました。

このドラマの原作は、累計70万部の売り上げをマークしている「ビッグコミックオリジナル」連載中の同名漫画です。
TBSのゴールデンドラマ初主演となる貫地谷が演じるのは、東京・浅草の老舗和菓子屋で働き、和菓子職人を目指す主人公・安藤奈津役だそうです。

私が目を留めたのは「あんどーなつ」でも「貫地谷しほり」でもなく、記事中にあった次の文章です。

その内容は、『「月8」は昭和31年4月から続くドラマ枠で、これまでに「水戸黄門」「大岡越前」などのヒット作を生み出してきた。実に50年以上の歴史を持つ看板枠で、貫地谷は、44(1969)年の「こんにちは!そよ風さん」の酒井和歌子(59)以来39年ぶりの女性主演となる。』というものです。

以前「酒井和歌子・テレビの画像」のブログの中で、私が毎週楽しみにしていた酒井和歌子さん主演のテレビドラマが出演リストに載っていない、という内容を記しましたが、そのドラマはもしかしたらこの「こんにちは!そよ風さん」だったのではないか、と考えたのです。

放送は69年ですからほぼ私の記憶と合っています。
ただ、ストーリーや出演者までは紹介されていませんでしたので(当り前か)、決定打とはまだなっていません。

この記事によりますと、「TBS月8ドラマ」はTBSの看板枠で、貫地谷しほりは酒井和歌子さん以来39年ぶりの主演女優ということですから、当時20歳の酒井和歌子さんはやっぱりビッグネームで、かつ演技力も高く評価されていたのですね。
posted by 忍びの者 at 13:19| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月21日

突然ですが、最近の酒井和歌子さん

 最近(といってもしばらく前)、偶然酒井和歌子さんが出ている千葉銀行のテレビCMを見ました。その後いくらテレビを見ていてもそのCMは出てきません。昔の「ベンザ」や「ハイシーA錠」のような訳にはいきませんね。(昔はCM提供会社が少なかったのでしょうか)
 そのままになってしまっていましたが、先日千葉銀行のサイトにアクセスしてみましたらありましたよ、「酒井和歌子のCM」というコーナーが。相変わらず酒井和歌子さんに会うためには苦労しています。もちろんゆっくり見てしまいました。

 このCMは15秒と30秒の2本作られたようで、私がテレビで見たのは15秒でしたが、30秒の方はそれなりに見ごたえがあります。
まだご覧になっていない人のために、30秒CMのストーリーを紹介します。

 電車の中に白いスーツ姿の酒井和歌子さんが座っている。旅行中なのか、大きなバッグが脇に置いてある。BGMで高橋真梨子の1978年のヒット曲「あなたの空を飛びたい」(余談だがこの曲は、高橋真梨子がペドロ&カプリシャスを脱退してソロデビューを飾った曲として有名)が流れている。
次に、途中立ち寄ったのだろう。おみくじを楽しそうに引いているシーンが入る。千葉銀行だからてっきり成田山・新勝寺かと思ったら、鳥居が見えたのでどこかの神社のようだった。
 続いて向かいに座っている(ベンチシートなので間隔は広い)男の子を笑顔で見る酒井和歌子さん。この子が自分のポケットから、貝殻だろうか大切にしているものを見せてくれる。「夢いっぱいのポケットはありますか?」のナレーション。それを見る酒井和歌子さんの笑顔に「資産運用のご相談はちばぎんへ」のナレーションがかぶさる。
 ラストは酒井和歌子さんが、窓から外を見ながら口に両手で何かを運んでいくシーン。最初はクッキーでも食べているのかと思ったが、いくら清楚な酒井和歌子さんでも両手でクッキーはないだろうから、草笛かもしれない。電車が過ぎ去っていく。

というCMでした。

 子供と2人だけのCMだからでしょうか、昔の映画では見られない人生悟りきったような明るい笑顔が印象的でした。さすが酒井和歌子さん、生活感を感じさせない雰囲気が漂います。
 吉永小百合さんでしたら、おそらく子供と隣同士に坐り、包み込むような暖かさを表現するのでは。やはり酒井和歌子さんは、母親役は似合いそうもないですね。私も見たくはありませんし。
久しぶりに演技をしている最近の酒井和歌子さんにお目にかかりましたが、清楚な雰囲気は昔と変わっていませんでした。安心しました。

 千葉銀行のそのコーナーの酒井和歌子さんの画像の脇には、「いきいきセカンドライフを応援、退職金運用プラン」との文字がありました。酒井和歌子さんといい、BGMといい、ターゲットが明快なCMという印象を持ちました。私も思わずこの運用プランをじっくり眺めてしまったくらいですから、私より数年年上の世代への効果はそれなりにありますね。
私も退職金の運用は千葉銀行にしてみようかなと、単純に思ったりしたくらいですから。
でもうちの近くには千葉銀行ないんですよ。どうしようか。

千葉銀行のHP(http://www.chibabank.co.jp/)から「CMのご紹介」サイト
posted by 忍びの者 at 10:51| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月11日

酒井和歌子・映画の画像「俺たちの荒野」A

前回途中だった酒井和歌子さん主演映画「俺たちの荒野」のストーリーがやっと見つかりました。 

ストーリーを読んでみますと、ポスターの酒井和歌子さんのポーズから受けた印象とは大違い、私の早合点でした。
この映画は、当時の東宝が得意としていた「友情と恋愛をみずみずしく描いた青春映画」ではあるのですが、青春の夢より挫折が大きく、最後は予想外といえる悲劇的な結末を迎えてしまう、ある意味東宝青春映画の異端とも言える内容なのです。

とりあえず、ストーリーを勝手に紹介させてもらいます。

哲也(黒沢年男)と純(東山敬司)は、集団就職で上京して以来の親友。
哲也は渡米を夢みて、バーのホステスと同棲しながら稼ぐのに必死。自動車工場で働く純は、近くにある小さな荒地に、自分の城を建てるんだという夢を持つ純朴な青年。

ある日、純はその荒地で由希(酒井和歌子さん)と知り合う。
両親のいない由希にとっても、この荒地は夢の城だった。由希と純は広場ではしゃぎ夢を語りあった。
そして哲也と共に三人でこの土地を手に入れようと約束する。

(…やがて純は由希に愛を感じ、純がもたもたしている間に今度は哲也が由希に愛情を抱くようになります。それに気付いた哲也の同棲相手のホステスが2人の仲を裂こうとするのですが果たせず、逆に純に愛のはけ口を求めていくという四角関係が展開されます。)

その後仲が元に戻った3人は、土地を購入する金を作りいよいよ夢がかなう時を迎える。
だがその喜びも束の間、純が高圧線の中継塔から飛び降りて死んだ。
荒地に佇ずむ哲也の手から粉々になった純の骨が、花粉のように散っていった。

というストーリーです。

前に記した「めぐりあい」や「いのちぼうにふろう」と同じく、酒井和歌子さんは「貧しい少女」の配役でした。
酒井和歌子さんのこのような役柄、想像するだけでもいいですよね。わたし大好きです。

前にも記しましたが、このような少し陰のある役まわりこそ酒井和歌子さんの魅力が最大限に発揮される、と勝手に思いこんでいるものですから。
酒井和歌子さんの寂しそうな笑顔が画面でどのように表現されているのか、と想像するだけでも40年前にタイムスリップできます。

この映画のラストで散っていく遺骨を見ている酒井和歌子さん、「いのちぼうにふろう」のラストで深川安楽亭に向かって手を合わせる酒井和歌子さん、一体どんな顔をしているのだろうか。
「寂しそうな笑顔−笑顔=悲しみに充ちた寂ししそうな表情(?)」が目に浮かびます。

ストーリー紹介の最後に、このようなコメントが載っていました。
「この映画は、夢と愛と挫折のドラマとして素晴らしい出来。ぜひ、お勧めしたい映画である。」

やっぱりそうですか!ぜひ画面の酒井和歌子さんにお目にかかりたい、と思いましたがこの作品もビデオ化されてはいないそうです。
またまた残念、薬で抑えている血圧が上がってきそうです。
どうも「酒井和歌子・映画の画像」は、欲求不満ばかりがたまる結果となっています。

でも、「俺たちの荒野」のフィルム転写(?)画像を見つけました。(http://members.jcom.home.ne.jp/soleil21/sakai-wakako1.html

小さい画像ですが、酒井和歌子さんは愛くるしく、怒った顔さえも素敵です。現代の女優で、こういうタイプは誰なのだろうか。
ますますこの映画が見たくなってきてしまいました。

※酒井和歌子さんの出演映画はこちらです。
posted by 忍びの者 at 09:53| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月10日

酒井和歌子・映画の画像「俺たちの荒野」@

以前綴った酒井和歌子さん出演の映画「いのちぼうにふろう」のビデオを探してみようと、「ヤフー・オークション」(http://auctions.yahoo.co.jp/jp/)を覗いてみました。このサイトは意外な掘り出し物が出ていたりするのでよく訪れます。

検索ボックスに「酒井和歌子→全てのジャンル」と入れると、思ったよりもたくさんの種類が出品されていたので、期待しながら探したわけですが。結果は…、ダメでした。
酒井和歌子さん出演映画のビデオは、先日探したTSUTAYAの商品リストとあまり変わらず、「いのちぼうにふろう」のビデオはありません。

せっかくなので脇の画像をダラダラ見ていましたら、1枚のポスターの画像に目が止まりました。そのポスターでは、なんと酒井和歌子さんがGパンをはいてオートバイに跨り、振り向いて微笑んでいるのです。
こんなスタイルの酒井和歌子さんを見るのは初めてです。
このブログを書き始めてから多くの酒井和歌子さんの画像を見ましたが、ほとんどの画像の酒井和歌子さんは「清楚でおとなしめ」でしたから。

このポスターでは、酒井和歌子さんはこのポーズだし、一緒に映っている黒沢年男はカウボーイハット被っているしで、東宝では珍しい小林旭ばりのアクション映画だろうと想像したわけです。
ポスター画像をよく見ると、酒井和歌子さん、黒沢年男、東山敬司3名の名前が大きく出ていますので、どうやら酒井和歌子さんは主役のようです。

タイトルは「俺たちの荒野」、調べたところ1969年の作で酒井和歌子さん絶頂期の頃の作品です。

私はこの映画も知りませんでした。酒井和歌子さんのこのポーズはインパクトが強いですから、目にすれば絶対覚えていますし映画も見に行ったと思います。これまでも「初対面だった」をいろいろと綴ってきました。
酒井和歌子さんのことを知っているつもりでいましたがこんなに知らない事が多いと…、力が抜けてきますね。

気を取り直して、この映画のストーリーを知りたいと思い「俺たちの荒野」で検索してみましたが…、なかなかヒットしません。
ストーリーを出してしまうと映画を見る楽しみがなくなるのはわかりますが、出てくるのはスタッフリストや監督・脚本家の紹介ばかりで…。苦労しています。
posted by 忍びの者 at 10:08| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月08日

酒井和歌子・映画の画像「めぐりあい」

モデルとしての酒井和歌子さんの画像を見ていましたら、もう1度本業(当時)の映画に登場している酒井和歌子さんの1ショット画像が見たくなったので探し始めました。

モデルの画像(写真)はその1ショットのためにヘアメイク、ファッション、ポーズ、そして本人の顔と計算し尽くして世に出しますが、映画のショット画像だとそのシーンにふさわしい自然な表情(東宝のチェックが入っているかもしれませんが)が紹介でき、その表情からその映画全体のストーリーが分かります。

前に記した「いのちぼうにふろう」の酒井和歌子さん(お喜和役)の画像がありましたので、他の映画の画像も簡単に探せると考えていました。

ところがどっこい、これがなかなか見つかりません。酒井和歌子さん、あなたはどこにいらっしゃるのですか?
見つけたのは「若大将シリーズ」ビデオの恐らくパッケージ部分の画像数枚と、他の映画のポスター2〜3枚でした。東宝のガードが硬いのか、フィルムのコマからの転写は難しいのか分かりませんがこれは意外でした。

ようやく見つけたのが「めぐりあい」の1シーン4カットの画像。
http://www.himitsukichi.info/up/60s/wako09r/i_index.html

この映画は1968年の封切りで、酒井和歌子さん初の主演映画としてファンの間では結構有名です。私も封切りと後年のオールナイト「酒井和歌子特集」で2回見ています(こちらは偶然)。

この映画を紹介しているサイトも数多くありますので、ここで詳しいストーリーは省略しますが、この画像は黒沢年男が借りたダンプに乗ってデートした海辺のシーンで、酒井和歌子さんは白い水着姿です。
この後の帰り道、ダンプの荷台に乗った酒井和歌子さんと黒沢年男との間で喧嘩が始まり、土砂降りの雨の中ダンプの荷台での有名なキスシーンに続くわけです。

この画像の海辺のシーンについてうまい描写をしているHPがありましたので、勝手に紹介します。
「岩場に寝そべる黒沢年男のたくましい肉体がアップになり、逆光で撮影された酒井和歌子の困惑した顔が写る。それは若い男の躯に性欲を刺激されたことに戸惑う少女の表情だった。間違いなく監督はそう描いている。」

この映画は酒井和歌子さんの代表作といわれている通り、彼女の体当たりの演技が素敵でした。
酒井和歌子さんの役柄は、「若大将シリーズ」に代表される「明るく活発なシティガール」より、この映画のような「自分ではどうする事もできない貧しさの中にいるが、日常に対して真剣にそしてひたむきに向き合う」役柄のほうが私は好きですね。

前にも記した「彼女の育ちの良さを感じさせる寂しそうな笑顔」は、「苦しい中でも明るく生きていこうと笑顔を見せるのだが、現実を思うと心から笑えない」心の情景にぴったりだと思います。

いまこんな笑顔を持っている女優さんは誰なのだろう。(→単に不勉強)

※酒井和歌子さんの「めぐりあい」はこちらにありました。
posted by 忍びの者 at 16:37| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月06日

酒井和歌子・モデルの画像

前回の日記「酒井和歌子・歌手の画像A」の画像の紹介が「本誌のモデルで…」となっていましたので、「モデル・酒井和歌子」の画像はどのくらいあるのか、あちこち探してみました。

おっと、その前に1つ。とあるHPに酒井和歌子さんの歌を聞いたことがある人のコメントが載っていまして、「天は二物を与えず。歌はお世辞にも上手いとは言えず..かなり辛かったっすかねぇ〜」とおっしゃっていました。現実はやはり厳しい。

どういうものがモデル画像なのか、という定義も難しいですが、「本人以外をアピールする目的で撮影された本人の画像」という基準を勝手に設けてあちこちと探してみました。

あちこちと画像を探してみると、雑誌の表紙に登場している酒井和歌子さんの画像が多いですね。
女学生の友、婦人生活、婦人画報、毎日夫人、などの(当時の)定期刊行雑誌をはじめ、各出版社が季節に応じて臨時に発行する手芸、編み物、着物などの雑誌です。
読者年齢層が高い雑誌ということもあるのでしょう。みな20歳前後の頃と推測しますが、どの酒井和歌子さんの画像も清楚で落着いた大人の印象を出しています。

私は本屋でこの手の雑誌はノーマークでした。あの当時まさかオバサン(ごめんなさい!)雑誌に酒井和歌子さんが登場しているなんて想定外でしたし、その雑誌の前を通ったとしても、映画とは違うしっとりとした雰囲気に恐らく気がつかなかったでしょう。

今回の画像探しの収穫は、このブログの最初に「酒井和歌子さんを知ったのはテレビのカゼ薬のCM…」と書いたカゼ薬が「ベンザ」だったことを思い出させてくれた事です。
ベンザの広告の画像に出ている酒井和歌子さんの白いミニワンピースのキュートな姿に40年ぶりに再会すると、当時このCMがきっかけで酒井和歌子ファンになった人が多かったことが納得です。私もこの画像を見ながら、しばらく遠い昔のあれこれを思い出してしまいました。

同じHPに、「ハイシーA錠」の広告モデルの酒井和歌子さんの画像もありました。
私もこの広告を見てハイシーを何度か買いましたです。えらく酸っぱい錠剤で、日焼けやソバカスを抑えるためではなく、試験勉強中の眠気覚ましとして愛用していました。
確かテレビCMもあったと思いますが、画面では錠剤を口に含んでも酒井和歌子さんの顔は歪むことなく、「さすがプロ」と妙に感心していたことを覚えています。

なお、この画像のコメントによれば、67年頃〜69年あたりまでのハイシーガールを酒井和歌子さんが務めていて、その後ハイシーのイメージガールはアイドルの登竜門的存在となっていったそうです。
有名どころでは松尾ジーナさん、最近では牧瀬里穂さんが話題になったとのことです。

ところで、いまでもハイシーってあるんでしょうか?
書いていたら、急にあの酸っぱさにも再会したくなってきました。
posted by 忍びの者 at 09:59| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月05日

酒井和歌子・歌手の画像A

余談が長くなりましたが、タイトルコンセプトに戻ります。
私が見ている雑誌の画像は酒井和歌子さんのデビュー曲となるデュエット曲「大都会の恋人たち」を、相棒のこれまた新人・江夏圭介と練習している、という画像です。

先日綴ったように元になっている雑誌名はわかりませんが、画像が掲載されているHPによるとこの特集のキャプションとして「本誌のモデルで人気のある東宝の酒井和歌子が、極秘のうちにコロムビアからデビューします。」と書いてあるようです。
多少気になりますので、次は「酒井和歌子画像集」の中から雑誌をピックアップして探してみようと思います。

この画像(もちろんモノクロ)は、@作曲家・戸塚三博氏から2人で指導を受けている、A2人で談笑中、B2人で並んで記念撮影、の3枚が掲載されています。この当時の雑誌の写真構成からして、おそらくこれで全部でしょう。
練習中だからなのか2人ともリラックスした服装でいい味出しています。

画像では、酒井和歌子さんはさすがに慣れているためかいつもの「ワコちゃんスマイル」ですが、相棒の江夏圭介氏は3枚ともムスッとした顔で映っていて、この対比がたまりません。
ヘアスタイルがスポーツ刈りなので「真面目で清潔な好青年」で売り出そうとしているのか、それとも新人なので単に緊張しているだけなのかは解りませんが。
彼はいまどうしているのだろう。

この「大都会の恋人たち」は、1968年2月5日に発売されています。
前回に綴りましたが、この歌は今になって「初めまして」状態ですからメロディは全くわかりません。
雑誌の画像とHPの記載で歌詞は1番だけわかりましたので紹介します。

イントロ:「たのしいかい」
     「とっても」
     「歩こうか」
     「歩きたい」
1番:  ふたつならんで寄りそって
     ビルの影ゆく 影がある
     愛しているよ 今はそれだけ(江夏圭介)
     愛していてね 今はそれだけ(酒井和歌子)
     ふたつでひとつの 心なら
     結ぶひとみに ゆれて咲く
     淡いテラスの 窓あかり

歌詞だけ読むと演歌にも見えますが、あの当時の「ムード歌謡」にはよくある言い回しですね。マヒナスターズやロスプリモスに合いそうな雰囲気を持っています。

ところで、当時(この時19歳)バリバリのアイドル路線を走っていた酒井和歌子さんの待望(?)のデビュー曲でありながら、当時話題にならなかったのはなぜなんだろう。それとも単に私が知らなかっただけなのか?
気になりましたので、あの頃の歌謡曲を調べてみました。

「大都会の恋人たち」発売の前後に発売された他の主な歌は、
・「伊勢佐木町ブルース」 青江三奈 1968/1/5
・「ケメ子の唄」 ザ・ダーツ 1968/1/23
・「ゆうべの秘密」 小川知子 1968/2/1
・「大都会の恋人たち」 江夏圭介・酒井和歌子 1968/2/5
・「亜麻色の髪の乙女」 ヴィレッジ・シンガーズ 1968/2/25
・「神様お願い」 ザ・テンプターズ 1968/3/5
・「あの時君は若かった」 ザ・スパイダース 1968/3/5
・「花の首飾り/銀河のロマンス」 ザ・タイガース 1968/3/15
・「悲しくてやりきれない」 ザ・フォーク・クルセダーズ 1968/3/21
です。

1〜3月の3か月間だけでも、この時代や歌手を代表する私の世代には涙ものの曲が世に出ています。このブログを書いていながら申し訳ないのですが、私は「大都会の恋人たち」以外はみな歌えます。
私が酒井和歌子ファンとして気配りが足りなかった、というよりも、時期が悪すぎましたね。

酒井和歌子の名前でも歌の世界は別なのか、それとも忙しすぎて満足にメディアに出ることができなかったからなのか。
私は後者だと思っています。

※酒井和歌子さんの「大都会の恋人たち」はこちらにあります。
posted by 忍びの者 at 10:09| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月04日

酒井和歌子・歌手の画像@

今日は酒井和歌子さんを特集(?)した雑誌のページの画像を見ています。
雑誌の名前はわかりませんが、「独占グラフ」というコーナーでタイトルは「歌手・酒井和歌子誕生!」となっています。
http://members.at.infoseek.co.jp/lovelytsubasa/wakosinger.htm
これは想定外!酒井和歌子さんが歌手としても活躍していたとは、この画像を見るまで恥ずかしながら知りませんでした。(このブログを書き始めてから初めて知ることがかなりありまして、何をいまさらという感じですが勉強になります。なんでもそうですが、知れば知れほど奥は深い。)

でもいい訳をさせてもらいますと、酒井和歌子さんが歌を歌っていることを全く知らなかったわけではありません。バイト代が入ったので足を運んだ酒井和歌子さん主演の封切映画「グァム島珍道中」(これもビデオはないだろうなあ)の主題歌「やさしくだまして」を知っていました。

知っていたとえらそうにいいましても、映画館で初めて耳にした歌です。
共演の井上順とのデュエット曲で、始めは「誰が歌ってるんだ?」と思いながらテロップを眺めていて、「へぇ〜、酒井和歌子さんて歌も歌うんだー!」とその場はびっくりした、という記憶が戻ってきた次第です。
映画館からの帰り道、酒井和歌子さんの歌を初めて聞いて興奮気味だったことも手伝って、「これは覚えねばならぬ」とレコード屋に寄ってみたのですが置いてはいませんでした。「来週また探すか」と思っているうちに30年の時が流れ、いまでは歌詞もメロディも全く記憶にございません状態となってしまいました。

ここで「歌手・酒井和歌子」をウィキペディアで調べました。
データとして記載されていたのは、
・大都会の恋人たち(1968年)
・大都会の夜(1969年)
・瀬戸の夕焼け / 水玉もようの雨(1970年)
・やさしくだまして(1973年)
の4曲で、この「やさしくだまして」はフィナーレ(?)の曲だったのですね。やっぱり買っておけばよかった!

デビュー曲の「大都会の恋人たち」に続いて翌年には「大都会の夜」というレコードが出ています。「酒井和歌子=大都会」というイメージを製作サイドでは出したかったのでしょう。

40年前、「大都会」という言葉は今よりもずっとギラギラしたイメージを持っていたと記憶しています。酒井和歌子さんは東京のご出身ですが、あまりこのイメージではなかったような気がするのですが…。

そしてさらに翌年は突然「瀬戸の夕焼け」となります。この落差は一体どうしたのか?と思いますが、「瀬戸は日暮れて…」が流行ったのが72年ですから、時代を先取りしたのさ、とプラスに考えることにしたいと思います。

なおこの曲は、リストによればA・B両面とも酒井和歌子さんが歌っているようです。
前につづった年間出演映画数を思い出しますと、68年−11本、69年−6本でしたが、70年は3本しか出演していません。時間に余裕があったんで両面歌っちゃった、ということなんでしょうか。
posted by 忍びの者 at 09:36| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月03日

酒井和歌子・テレビの画像

酒井和歌子さんの画像集の中に、タートルネックのセーターを着て本を抱えた酒井和歌子さんが、村野武範と一緒に映っている1枚の画像がありました。
そうです。彼女が出演したテレビドラマの中の最強番組、「飛び出せ青春」の1コマの画像です(ここでも主役ではなかったが出演者中1番のビッグネーム)。

と書き始めましたが、酒井和歌子さんが出演(国語の先生:本倉明子役)している事は知っていたにもかかわらず、実は私この番組はあまり見ていないのです。
この年(放送は1972年2月20日〜1973年2月18日)に大学に入学して毎晩帰宅が格段に遅くなりましたし、あと、「青春」という題名がついた番組を見ることに対する気恥ずかしさも、いま思えばありましたね。

でも番組主題歌「太陽がくれた季節(青い三角定規)」はここで覚えていますから、多少は見ていました。でも、私が見た回はいつも村野武範と生徒の絡みが中心で、酒井和歌子さんは申し訳程度に顔を出すだけでした。
ストーリー自体にはあまり興味は無く、酒井和歌子さんを見ることができればいいというスタンスでしたので、どちらかといえばツイてなさを感じることが多かった番組という印象があります。

「飛び出せ青春」のタイトル確認のために酒井和歌子さんの出演テレビ番組リストHP(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%85%92%E4%BA%95%E5%92%8C%E6%AD%8C%E5%AD%90)を見ていて、「おや?」と思うことに出くわしました。
非常に細かく紹介されているのですが、私が見ていた酒井和歌子さんが出演(この時は主役だったと思う)したドラマが掲載されていないようなのです。

そのドラマ(タイトル・放送局は全く記憶にありません)の記憶をつなぎ合わせてみると、
@主役はもちろん酒井和歌子さん、共演は山本学。
A山本学が高校の教師で酒井和歌子さんはその生徒、という設定。
B山本学の部屋に、酒井和歌子さんが押掛女房的に来たりしている。
Cドラマの中で酒井和歌子さんが「小さなスナック(パープル・シャドウズ)」を口ずさんでいたから放映は1968年後半頃か。
D放送枠は30分の連ドラ。
という内容なんですが…。

掲載されていないと考えた理由は単純で、共演者リストに山本学が出ている番組がなかったことと、68年にはテレビ出演の記載がないことです。
40年前の記憶ですから決定的に間違っているかもしれませんが、いい機会ですからもう少し調べてみようと考えています。

※酒井和歌子さん出演のテレビ映像はこちらです。
posted by 忍びの者 at 09:58| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月29日

酒井和歌子の画像ではなく閑話

昨日、TSUTAYAのHPの商品リストを調べてみたところ…、「いのちぼうにふろう」はやっぱりありませんでした。

あまり有名な映画ではなかったようですから、しょうがないのかもしれません。販売が見込めずに、ビデオ化されなかったのかもしれませんし。
酒井和歌子さんのラインアップは「若大将シリーズ」が約半数、ほかは「気まぐれ天使」「県庁の星」などの、私に言わせれば酒井和歌子さんの魅力が十分引き出されているとは思えない作品でした。

私は職場以外にもウォーキング、ブログ作り、ノミニケーション、家族の愚痴聞き…、と自称忙しい日々を過しているわけですが、これでまた1つする事が増えました。

まず、「いのちぼうにふろう」がビデオ化されているかどうかを調べます。
そしてビデオ化されていれば、外出先で古本屋を見つけたら即店内で中古ビデオを漁るという、家族が知ったら呆れられるのを通り越して無視されること確実なおこないを始めていく予定です。
その結果は別の機会に報告します。

「いのちぼうにふろう」を調べた時に酒井和歌子さんの出演映画リスト(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%85%92%E4%BA%95%E5%92%8C%E6%AD%8C%E5%AD%90)を見て感じたのですが、酒井和歌子さんは66年〜71年にかけてかなりの数の映画に出ているんです。こんなに出ているなんて、恥ずかしながら知りませんでした。

ちなみに、66年…3本
     67年…8本
     68年…11本
     69年…6本
     70年…3本
     71年…7本    です。

またジャンルも「若大将シリーズ」「青春シリーズ」をはじめ、ドリフターズとのコメディ、「めぐりあい」「俺たちの荒野」といった暗めの青春物語、そして「いのちぼうにふろう」など、幅広いといいますか手当たり次第といいますか、すごいですね。

これでは「いのちぼうにふろう」のことで友人が言ってた、「(酒井和歌子さんは)ほとんど出てこなかった…」もやむを得ないことです。

あの頃は映画はまだ娯楽の大関か関脇の地位を確保していて、盆と正月には必ず封切りがあり、邦画の製作数が今より多かったことは覚えていますが。

酒井和歌子さんの人気がここまで高かったのか、強烈な個性がないので使いやすかったのかは分かりませんが、この出演経験が、酒井和歌子さんが単なる一過性のアイドルで終わらず本格的な女優へと進んでいく基礎になったことは確かでしょう。
当時の東宝が、酒井和歌子さんを星由里子、浜美枝に次ぐ看板女優に育てようとした戦略だったのか、と思ったりします

でも酒井和歌子さんはこれだけの映画に出ていながら、当時東宝の十八番だった怪獣映画には1本も出ていないんですが、この東宝の「酒井和歌子戦略」を知りたいと思います。

※酒井和歌子さんの東宝時代の写真はこちらにありました。
posted by 忍びの者 at 09:16| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする